入谷から根岸方面へ
前回の 旧坂本小学校から北の方に向かい、台東区根岸~東日暮里方面に行ってみました。
人の生活や仕事が直に伝わってくるような雰囲気で、ワンブロックおきに細ーい路地がはしっている町です。
懐かしい雰囲気の玄関。このまま保存したいくらいです*
洗い出しの壁に古いデザインの木枠窓、自転車、植木鉢、バランスがいい*
赤い星のプレートは、ガスなのかな?古そうです。
奥の方に「眼鏡会館」なる建物が。眼鏡協会か何かでしょうか??
青いトタンに草が続くスキマ道。ノスタルジックな雰囲気。
モールガラスの古い窓。面格子にもくるんとしたデザインが見られます。
赤いポスト、バンザイ\(~o~)/
窓の下には、オールドタイプが。
コンクリート製のゴミ置き場です。木蓋がヒモでつながれていますね。
他にも、空っぽのゴミ置き場がありました。
底には苔がもふもふ。
コンクリートに溝が入っているのは、正面に木の板をはめるためのもの。
路地を歩いていると、風鈴の音がどこからかチリーンと鳴り、外に置かれた水槽に金魚が泳いでいたり、暑い夏の中で風情を感じました。
↓入谷駅より北、根岸はこのへん
猫にメンチ切られました(笑)
次回もお楽しみに~
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入谷駅から旧坂本小学校へ
もうすぐ9/1、防災の日ですね。
大正12年9月1日、東京は関東大震災に見舞われ大きな被害にあいました。
その後、東京で不燃化構造の鉄筋コンクリートで建てられたのが“震災復興小学校”で、117校あったそうです。
(その多くは、老朽化のため解体されました。残念です。。)
私たちは、過去の震災を教訓に、防災グッズや耐震補強など、自分たちでできる範囲の心構えと準備をしたいものですね。
***
上記に書いたように、震災復興小学校には以前から興味があったものですから、そのひとつである旧坂本小学校を見に行ってきました。
坂本小学校までは、東京メトロ 日比谷線「入谷駅」から下谷方面に歩きます。
住宅地には、まだまだ下町の風情が残っているようです。
ちょっと変わったベランダの2軒長屋。
路地裏に青い壁が見えます。
水?魚?
鮮やかな色の鯉と朝顔が描かれた家。
ご近所の方々も涼しい気分になれるのでは?ここで線香花火やりたい!
鯉の家を曲がると。。。
ヤング軒!
細い路地の奥に建つ理容店「Bar Barヤング軒」。あれ?Barberじゃないっけ?
ヤングの背後に蔦で もじゃもじゃな建物が目に入ってきました。もじゃ大好物なので近づくと、広いグラウンドが見えます。
ぼんやりヤング見ていたので、旧坂本小学校に突然到着してしまいました。
まあるい円筒形の建物ももじゃもじゃ。マイナスイオンさえ感じます。
そしてここが旧坂本小学校の正面玄関。
エントランスのアールのデザインが、分離派建築(大正期に起こった近代建築運動)っぽくてかっこいいです。
中央ファサードも分離派の影響なのか、少し尖ったアールのデザイン、窓の上のちょい出っ張ったところもステキです。新しい建物もこんな風に建ててくれたら嬉しいのですが(笑)
学校の紋章。錆で真っ茶色。
納涼大会の提灯はご愛敬(笑)
記念碑(?)に何か柔らかいものが乗っていました。
こんなかっこ良くて頑丈そうな建物にも いつかタイムリミットがやってくるのでしょうか。
それまでは、何らかのかたちで活用して生き続けて欲しいと思います。
台東区立坂本小学校
東京都台東区下谷1-12-8
大正15年(昭和元年)施工
近所に、こんなポスターが貼っていました。
非常に興味あり!
↓旧坂本小学校はこのへん
以前、銀座にある震災復興小学校についても書いていますので、よろしければご覧ください♪
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丸窓ロマンチカ
丸窓が異常に好き。
遠回りして丸窓のある建物の前をわざわざ歩く。
たまたま見つけたら興奮して即座に記録する。
これまで有名な建築から路地裏まで様々な場所で見つけてきた丸窓をまとめてみました。
ああ幸せ・・・
***
西郊ロッヂング/荻窪
面格子もロマンチック。
静嘉堂文庫/世田谷区
ひぐち眼科/阿佐ヶ谷
三鈴堂眼鏡店/神保町
今荘/神保町
奥野ビル/銀座
東京都庭園美術館/目黒
屋内にある明り取りの窓。
東京都庭園美術館/目黒
山二証券/日本橋
昔やっていた阿部寛主演のドラマ「結婚できない男」でもこの建物の窓が出てきました。
個人邸
個人邸
個人邸
廃屋/秩父市
同潤会江戸川アパートメント/新宿区※解体
解体直前の見学会に行ったときにはまだ解像度の低いデジカメしか持っていなかったのが悔やまれます。
↓大正時代の街並みがよくわかる漫画です♪
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台湾・猫村近くのしょんぼり犬
台湾、猫村~炭鉱廃墟を歩き、お土産屋さんなど覗いてすっかり観光気分になっているところ、
おもむろに視界に入ってくるのがしょんぼりした犬。
暑い国のせいなのか、どのワンコもしょぼーん、ヘタ~。
(アジアあるある?)
***
黒いわんこ。
タイルが冷たいのか、壁際の日陰からずーっと動きません。
首輪をつけたわんこ。
釜戸のある裏口、ピンポイントで日陰になるところを死守。
顔はシュッとしてるのに だら~ん(笑)
茶色の看板犬。
お店の奥から普通に出てきた。
ゆっくり、ゆら~っとした足取り。
看板犬、日陰犬を横目に普通にお出かけ。
尻尾は下がりっぱなし。のたのた歩く。
炭鉱の資料館前広場に到着。
しょんぼりした顔、姿勢(猫背?)、下がりっぱなしの尻尾、
そのしょぼい姿につい笑ってしまいました。
広い芝生でウロウロしているのでしばらく見ていると、↓この直後におトイレし始めてしまいました(笑)
こっちから私が、あっちから猫さんが見守る中、スッキリできたのでしょうかねぇ。。
しょんぼり犬探しは、台湾に限らずアジア旅行での楽しみのひとつになっています(笑)
台北市内では、流行りの小型犬を散歩されている方が多かったような気がします。東京に近い感じでしょうか。
***
「猴硐」は、ローカル線で行く観光地「十分」への途中にちょっと立ち寄るような、小さな観光スポットでした。
↓しつこいけど猫村はココ
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台湾・炭鉱の廃墟群
猫村を歩き回り 暑さに耐えきれなくなった頃、
猴硐駅の反対側に保存されている炭鉱跡を見にいきました。
駅前のお店をぬけると冷房のきいた資料館があります。
涼みながらトイレ休憩、カフェもあるので水分補給にも最適です♪
また、炭鉱施設当時のジオラマや、炭坑の町で暮らす人々、働く方たちの写真も見ることができます。
※統治時代の年号はやっぱり「大正○○年」と説明が書いてありました。
さて、実際に炭鉱跡の廃墟を間近で見られるので、歴史に思いをはせつつ廃墟にワクワク(笑)
廃墟の周りは、一応金網で囲っているので、侵入したり触ったりはできません。
マナーは守りましょう。
金網の向こうでは、猫が昼寝しています。猫村から流れてきたのでしょうか。
こちらの階段からは、トロッコ用の橋に上がることができます。
平行して、古い階段もあります。※侵入しちゃダメ
植物に浸食され、まるで遺跡のようですね*
階段を上がる途中、ガラスブロックから明かりがさしています。
台湾の蛾も発見。
さあ、橋の上を歩いてみましょう。
高っいっ!
当時の欄干もアクリル板で囲われて保存されています。
橋の上にはトロッコ用の線路が続いています。
川から一番高い位置までくると、足元の隙間から下の川が見えます。
ガクブル(笑)
橋を渡りきり、トロッコの線路が昔の坑道に続いています。
入場料を払えばトロッコにも乗れるようですよ。
川の水際には、使われなくなった遺構が見られます。
向こう岸に見えるコンクリートの溝は、人が通れる大きさの階段。
ということは、周りの葉っぱの大きさは?
ワサワサしている熱帯植物、巨大です!
今回は、ローカル線の旅といった感じで、山に囲まれた素敵な廃墟を満喫できました♪
次回もまだまだ台湾をご紹介します*
↓炭鉱跡は猴硐駅をはさんだ猫村と逆サイド
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台湾・猫村の ある暑い日
台湾の「猴硐猫村」に行ってまいりました。
そもそもテレビの旅番組で猫村を知り、スプーンで猫に缶詰をあげている様子に「これは猫派として一度行っておかねば!」と思ったわけです(笑)
(結構きっかけは普通)
新北市にある猫村は、台北駅から電車で40分ほど。
宜蘭線の「猴硐」駅にあります。
事前に調べてみると、猴硐はかつて炭鉱の町として栄えたそうで、炭鉱施設が廃墟として残されています。
廃墟好きには、このへんも興味津々♪
駅の中にもにゃんこがウロウロ。
駅から橋を渡るといよいよ猫のいるエリアへ。
地図もありました。可愛らしい。
猫村には、今も生活してらっしゃる方がいるそうなので、人への配慮も必要。
いくつかの約束事が看板に書いてあります。
マムシにも注意!
強い日差しの中、肉球が焼けないように避難しています。
みんな日陰。ぐんにゃり。こっち向いてください(泣)
あっちでごろん。こっちでごろん
この日、いい天気で日差しも強く気温は34度くらい。
バテバテ警備員。
美人モデル。
肉球祭。
水番。
壁際族。
「店のものですが何か」な感じ。
現行犯。
疑猫。
屋根の上の巨大猫。
その向こうに見える炭鉱の跡が、猫村の観光観光した演出とのギャップで
なかなかの切なさを出しています。
次回、炭鉱跡をご紹介します*
↓猫村はこのへん
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原点は同潤会!? 原宿・表参道を振り返る
原宿・表参道エリアは、個人的に非常に思い出のあるところなので、ちょっと振り返ってみたいと思います。
今の自分の基礎も、このあたりでできたのでは?という気がします。
***
原宿~表参道の記憶
私は、代々木にある専門学校に通っていまして、授業が終わると学校から歩いて行ける新宿か原宿で遊んでいました。当時の遊びと言ったら、安い洋服を買ったりカラオケに行ったりと、特にギラギラした遊びではありませんでした。
卒業後、友人たちと絵のグループ展を開き、同潤会青山アパートメント内にあったギャラリーでも展示したことがありました。その時のミシミシ鳴る床板や室内の太いコンクリートの柱の質感は、今でも覚えています。
後に、外苑前に通勤するようになると、会社帰りには決まって遠回りし同潤会アパートを眺めながら(目線をそらさず歩きながら見ると動画のように見えるのが楽しい)帰宅していました。
同潤会青山アパートメント(大正15年施工/平成15年解体) 2003年1月撮影※中庭から
現在は表参道ヒルズとして新しい流行を発信している
今思えば、同潤会アパートメントとの出会いがきっかけで、近代建物の良さ、経年劣化した壁の美しさ、古い窓の魅力、道の裏側を覗く面白さに気付いたのだと思います。
青山のアンティーク着物
以前はよく、原宿から表参道を歩き回ってアンティーク着物を買っていました。
縦縞の着物、蝶々柄の小紋、モダンな織り方の帯、粋な足袋、水玉の半襟等々、よくお給料をつぎ込んだものだなぁと(笑)
特にこの2つのお店が好きだったのでご紹介します。
「大江戸和子」
とても暖かな雰囲気の店内では、必ずお気に入りが見つかりました*
「くるり」表参道本店
モダンなお店では、新しい着こなしの発見がありました*
歴史を背負って生まれ変わる街
学生時代にお世話になった原宿駅の建築が、あの頃は歴史的建造物だという認識は全くなく、あって当たり前と思っていましたが、なんとオリンピックに向けての改修工事で取り壊しとの噂があります。
まだ未定の段階なので、現駅舎を残すかたちで改修して欲しいと願うばかりです。
今の表参道は、ピカピカの新しいビルがどんどん建ち、すっかり近寄りがたくなったなと思っていました。でも、歴史を少し振り返ると、時代ごとに常にモダンで、進化したものを取り入れる街だと感じました。
これからは、改めて感じた気持ちを持って、表参道に足を運ぼうと思います。
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